12/27: 自殺について考える
Category: メディアから考える日本
Posted by: tomitaka
先日、今年の自殺者数が発表された。
そんなものを発表してどうするんだろう?
全ての情報媒体は、「自殺」という言葉を使うことを禁止にすべきではないか?と思うね。
情報として目や耳に入る言葉は、人々の脳になんらかの影響を与える。
「自殺」という言葉を子供が知る事で、「いじめ」での自殺を急増させた。
同じような思いをしている人達は「自殺してもいいんだ…」と思うようになる。
ニュースや新聞がこの言葉を取り上げる度に、安心して死んじゃう人が出てくるんだよ。
下手な情報操作はする癖に、肝心の部分では無頓着だから腹が立つ。
辛い思いをしている人の中では、「死ぬ」という手段が最初から入ってる。
もっとも楽な逃げ道だ。
「何故、自殺しちゃいけないの?」「悲しむ人が居るからだよ」
…という言葉をよく聞くけど、そんな甘っちょろいものじゃないよね。
寿命まで生き続けることが、生まれてきた者の「掟」だろう。
そんなの当たり前じゃないか。
どんなに苦しい事や辛い事があっても、それを背負って生きていくのが当たり前なんだよ。
「そんな事忘れなよ」とか「気分転換が必要」とか言う馬鹿がいるけど、そんな簡単に解決するなら自殺なんてしない。
「その思いと共に生きていけ」と言ってあげるべきだ。
苦しさも楽しさも、まとめて背負って生きていく。
人は進化と共に、多様な感情を持ち過ぎた。
ならば、全ての感情を確りと受け止めて、担いで歩いていく。
それが人間の生き様じゃないのか。
自殺した人間を「○○さん」付けで報道するのもおかしいね。
他殺と自殺は、根本的に同じもの。
生物としての定めを逸脱する行為だ。
厳しく教えるべきだよね。
…というより、報道するな。
生きたくても余命僅かな人達がいる。
訪れる死を前に、凄い密度の人生を生きているはずで。
その中でも楽しい時間だってあるかもしれない。
それは計り知れない程の宝物なんじゃないかな。
そんなことを考えたら、自分なんかは謝るしか無いよ。
生きるために生きている野生の動物達だって同じ。
彼らに対して、失礼だと思わないのだろうか?
自ら命を断ち切る前に、考えて欲しいよね。