「考える人」「人間は考える葦である」など、素晴らしい作品や言葉がある。

 人が物事を考えるのは、非常に前向きな姿勢だと思っている。

 ところが、「考える」=「悩む」、という図式が正解だと思っている人が多いようだね。

 結果として「考える」ことが、「あまり良くない」という風に思われる傾向さえある。

 「考え過ぎないで!」だの「気分転換しないと!」だの…である。


 「悩む」「迷う」「考える」という、三つの言葉の意味の違いを、私なりに定義してみた。


 「迷う」というのは、自分がどれかを選択できる立場にある。

 これはショッピングなどで、どれを買うか「迷う」という様に、基本的に自分の意思で決定できる。


 問題は「悩む」である。

 「悩む」という行為は、「どうしよう…困った…」という次元の言葉じゃないかと思う。

 「何も考えられない・術がない・考える余地がない」という状況。

 これは普段から「考える行為を避けて生きている人」に多い傾向があるよね。

 「考えている人」に「もうちょっと気楽に!」などと言う人。

 何かあると、テレビを付けて「何も考えず、忘れてしまおう」というタイプの人。

 普段の生活で「考える」という行為が欠落している人は、深い問題が起きた時にパニックになり「考える事」が出来ずに「どうしよう…、困った、どうすれば良いんだろう」となる。

 つまりそれが「悩み」であって、決して良い状況じゃないよね。

 自称「楽天家・人生前向き・プラス思考」という人ほど危険性が高い。

 自分でそれを言わなきゃ、「暗い性格と思われる」のが怖いタイプ。

 その時点で「マイナス思考」なんだ、と認めた方が絶対に楽だと思うよね。

 出来る限り「考え事を無くさなきゃ…」と思っていると、結果、無理が祟って「悩み」で苦しむ事になる。

 ホントの「楽天家」タイプの人は、自分で言わなくても、周りが気づくことを知ってるからね。

 実際に見れば解るし。


 では「考える」行為。

 上記の「悩む」を、「借金」を例にすると解りやすい。

 僅かな借金で、自殺したり、犯罪を犯してしまう人がいる。

 「借金」というのは確かに非常に危険だし、「借金」が「借金」を呼び、大きく膨らんでしまう事もある。

 ここで、考え慣れていない人は、絶望してしまうんだよね。

 「あぁ…どうすればいいんだ…」と。

 「神様助けてください」なんて思い始めたら、破産した方が良いね。

 少しずつでも「借金」を減らしていく方法を「考える」楽しみもある。

 「考える」と糸口は必ず見つかるし、そこに面白みさえ感じることがあるんだ。

 漠然と何かが見えたら、それをとことん追求する。

 「考える気力」を普段から養う努力を皆が行えば、人は不幸のどん底に落ちることは少なくなると思うよね。

 日々、考える努力を惜しまなければ、「悩み」が無くなる日は近いよ。

 ちなみに「借金」の話は、知人・あるいは自分の経験に基づいています(笑)